2024-09-18
更新
染谷 ひとみ
Mitsuri Media管理人
精密板金加工工場のインサイドセールスとして加工と寸法の提案をしてきた経験を経て、製造業の知見と楽しさを提供している。 幼少期からモノの構造を理解するのが好き。JAPAN MENSA会員。
オーステナイト系ステンレス鋼とは、18%のクロムと8%のニッケルを含むSUS304を代表とした、常温でもオーステナイトの組織がフェライトに変化することがないステンレス鋼です。
オーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性・延性・靭性に優れているほか、冷間加工性や溶接性も良好です。基本的に磁性を持ちませんが、塑性加工を行ったときに磁性を持つ場合があります。
オーステナイト系ステンレス鋼はこれらの特徴により、家庭用品・建築用・自動車部品などの幅広い用途で使用されています。製品の形状としては薄板が最も多くありますが、そのほかにも厚板・棒・管・線・鋳物などと多岐に渡ります。生産量は全ステンレス鋼のうち6割以上を占めるほどで、私たちの身の回りでもよく見かける材料です。
<各オーステナイト系ステンレス鋼(品種)における組成と特性>
オーステナイト系ステンレス鋼は、上図のように18クロム(Cr)-8ニッケル(Ni)のSUS304を代表としたさまざまな種類があります。
これらは用途に合わせて、添加物の量を変えたり別途追加したりすることで特性を付与しています。例えば、SUS304Lは炭素(C)を0.03%以下に抑えていることで、粒界腐食を防止できるようになります。また、SUS316はモリブデン(Mo)を追加し、SUS304よりも耐食性を向上しています。
参考記事:SUS304L(ステンレス鋼)成分、比重、切削性、機械的性質
<オーステナイト系ステンレスの物理的性質>
引用元:ステンレス協会(元データはステンレス鋼データブック「家電編」他)
上表は、ステンレス協会の公式サイトに記述されているデータの一部を抜粋したものです。
オーステナイト系に限らず、ステンレス鋼は炭素鋼やアルミニウムなどに比べて熱伝導率に劣り、比電気抵抗の数値が高い特徴があります。
また、マルテンサイト系やフェライト系は強い磁性を持つのに対し、オーステナイト系は磁性を持ちません。ただし、オーステナイト系ステンレス鋼を加工すると、加工箇所がマルテンサイトに変態し、磁性を持つことがあります。
参考記事:SUS310S(ステンレス鋼)加工性、用途、機械的性質
<オーステナイト系ステンレスの固溶化熱処理状態の機械的性質>
引用元:JIS G 4303:2012
上表は【JIS G 4303:2012 ステンレス鋼棒】に記述されている、代表的なオーステナイト系ステンレス鋼(固溶化熱処理状態)の機械的性質を抜粋したものです。
オーステナイト系ステンレス鋼は、炭素鋼やフェライト系ステンレス鋼よりも引張強さや伸びの数値が高く、加工による硬化が大きい特徴があります。そのほかにも、引張強さの数値は高いものの、耐力(降伏点)の数値が低いことから、曲げ成形や張り出し成形性に優れています。また、高温や低温環境下でも強度を保てるのがオーステナイト系ステンレス鋼のメリットです。
上表を見ても分かるように、オーステナイト系ステンレス鋼はSUS312Lなどの一部を除き、材質ごとの数値にあまり大きな違いはありません。耐力はおよそ175~275Mpa、引張強さはおよそ480~550Mpa程度の値になります。
オーステナイト系ステンレス鋼は、焼入れによって引張強さや硬さを向上できる材料ではありません。強度を得るためには、塑性加工を施すと加工硬化する現象を利用し、圧延加工や伸線加工を施します。
加工硬化する原因は、塑性加工によってオーステナイトがマルテンサイトに変態するためです。この変態したマルテンサイトを「加工誘起マルテンサイト」と呼びます。
加工誘起マルテンサイトは、耐食性が低下するほか、磁性を持つ要因にもなります。
参考記事:加工硬化とはどんな現象?仕組み・影響・扱い方をご紹介!
オーステナイト系ステンレス鋼は応力腐食割れが発生しやすい傾向にあります。応力腐食割れとは、腐食環境下において金属材料に引張応力が作用し、材料に割れが生じることです。ステンレス鋼以外にも、炭素鋼や黄銅にも発生します。
オーステナイト系ステンレス鋼は、溶接や熱処理の過程など、およそ550~900℃に加熱するとクロム炭化物が析出し、耐食性が低下します。この現象は「鋭敏化」と呼ばれるもので、応力腐食割れを起こす要因にもなります。
応力腐食割れの対策として、SUS403などのフェライト系ステンレス鋼を使用する、オーステナイト系を使用するのであれば、SUS304Lなどの極低炭素鋼を使用するなどの方法があります。また、残留応力を除去するための熱処理を行うことでも防ぐことができます。
オーステナイト系ステンレス鋼で硬さや強度を得たい場合、圧延加工や伸線加工を行います。しかし、これらの加工は、オーステナイトからマルテンサイトに変態させているため、磁性を持つようになり、応力腐食割れのリスクも伴います。
オーステナイト系ステンレス鋼の応力腐食割れの対策には、使用する材料を変更する以外に、応力除去焼なましや、固溶化熱処理が有効です。
応力除去焼なましは、800~900℃程度まで加熱・急冷することで残留応力を除去できます。
固溶化熱処理は、1000~1100℃程度まで加熱し、急冷する熱処理のことで、残留応力の除去に限らず、クロム炭化物を固溶させて鋭敏化を防止し、耐食性が向上します。しかし、固溶化熱処理後は材料が軟らかくなります。
オーステナイト系ステンレス鋼のほとんどが、応力腐食割れ対策のみでなく、耐食性を低下させないために固溶化熱処理を施しています。
オーステナイト系ステンレス鋼は、マルテンサイトやフェライト系に比べて溶接しやすい材料です。難度としては鉄鋼と同程度になりますが、鋭敏化・応力腐食割れなどの対策を必要とします。
これらの対策として、鋭敏化する温度域に至らないように溶接時の入熱量を抑制する、母材の炭素量を低減するなどが有効です。また、使用する材料を、炭素の含有量が0.03%以下の極低炭素鋼に変えることや、フェライト系のステンレス鋼を採用することで予防できます。仮にオーステナイト系ステンレス鋼に鋭敏化が発生した場合は、固溶化熱処理も有効です。
その他に、高温割れ(凝固割れ)にも注意しなければなりません。高温割れは、不純物として存在するリンや硫黄などの低融点物質が凝固し、結晶粒界に析出して割れを引き起こす現象を指します。
高温割れを防止するには、不純物の低減や、リンや硫黄が固溶しやすいフェライトを含む溶加材を用いる方法があります。
また、オーステナイト系ステンレス鋼は、線膨張係数が高いため、溶接の熱で変形しやすい点にも注意が必要です。そのため、入熱量を抑制する、入熱が集中しない溶接継手とする、変形方向と逆向きの変形を施す、治具で拘束するなどの対策も必要となります。
オーステナイト系ステンレス鋼は加工硬化を起こしやすく、切削性に乏しい材料です。ワークを切削加工すると、オーステナイトの組織がマルテンサイトに変化し、加工部分が硬化します。これにより、刃物の摩耗が激しかったり、破損したりするなどのトラブルを招く恐れがあります。
また、ステンレス鋼は鉄などに比べて熱伝導率も低いため、切削時の刃物に熱が溜まりやすいです。そのため、刃物に対して切粉が溶着したり、欠けが生じたりすることも多くあります。
以上のことから、オーステナイト系ステンレス鋼の切削加工を行う場合は、SUS303のような快削ステンレス鋼と呼ばれる材料を検討するのがおすすめです。
参考記事:SUS303(ステンレス鋼)規格、成分、機械的性質
オーステナイト系ステンレス鋼は加工硬化性を持つほか、他のステンレス鋼と比べると伸びに優れている材料です。そのため、プレス加工の張り出し成形や曲げ成形に適しています。
用途によっては、オーステナイト系ステンレス鋼を冷間圧延して加工硬化を起こし、高強度かつ薄板で軽量化を図る場合もあります。
しかし曲げ加工においては、プレスしても材料の形状が元に戻ろうとする「スプリングバック」が発生することがあるため、曲げ加工の際は注意が必要です。
オーステナイト系ステンレス鋼は、家庭用品・建築用・自動車部品・化学工業・食品工業・合成繊維工業・原子力発電・LNGプラントなどの幅広い用途で用いられています。
どの分野においてもSUS304を用いることが多くありますが、加工硬化を避けたい場合はSUS305を、耐孔食性が必要な場合はSUS316を使うといったように、用途によって鋼種を使い分けるのがおすすめです。
オーステナイト系ステンレス鋼は、低温や高温環境でも強度の低下が少なく、溶接や塑性加工がしやすいなどのメリットがあるため、汎用性に優れています。基本的に磁性を持たないので、他の金属と分別し、スクラップとして回収するのも比較的簡単です。ステンレス鋼の製造には、ステンレス鋼のスクラップを多く利用できることから、オーステナイト系ステンレス鋼はリサイクル率が高い材料とも言えます。
SUS303,SUS304,SUS304L,SUS309S,SUS310S,SUS316
SUS201,SUS202,SUS302,SUS302B,SUS304N2,SUS304TP,SUS305,SUS312L,SUS317,SUS317L,SUS321,SUS347,SUSXM7
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