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真空焼入れの硬度、メリット・デメリット、焼戻しとの違い

この記事を監修した人

志民 直人

技術営業、カスタマーサクセス

切削加工歴29年の1級機械加工技能士(精密器具製作/フライス盤/数値制御フライス盤)。金型・部品加工経験を持ち、CAD・CAMや各種工作機械に精通。設計からカスタマーサービスまで幅広く対応。製造現場改善や治具設計も得意。趣味は日曜大工、ゲーム。

真空焼入れは、真空状態での熱処理が可能な真空炉を使用する真空熱処理の一種です。

真空炉は、密閉性が高く、不活性ガスを利用する際にも無駄に漏れたりすることが少ないなど、加熱と冷却の双方で省エネ効果が高い設備です。また近年、熱処理に対しても、品質要求が高くなっていることから、真空熱処理は今後ますます採用されることが多くなると予想されます。

この記事では、代表的な真空熱処理である真空焼入れの詳細、メリット・デメリット、主な鋼材に適用したときの硬度などについて解説していきます。

参考:鋼の性質を変える【熱処理】とは?仕組みや種類について徹底解説!

真空焼入れとは

真空焼入れとは、真空炉を使用して鋼材を真空状態で加熱した後、ガス、油または水で急冷する熱処理のことです。酸素の排除によって鋼材表面の酸化や脱炭を防止すると同時に、焼入れの効果によって鋼材を硬くして、耐摩耗性や引張強さ、疲労強度などの強度を向上させることができます。

真空焼入れの冷却には、主に窒素ガスが用いられており、ファンなどで炉内を撹拌して鋼材を冷やします。より急速な冷却が必要な場合には、高圧ガスが使われます。近年の真空炉では、冷却に10気圧もの高圧ガスを使用できるものがあり、3~6気圧もあれば油冷に近い冷却性能が得られます。なお、冷却性能は、高い順に水、油、ガスとなりますが、冷却が急なほど歪みが出やすいので注意が必要です。

一方、通常の焼入れでは、鋼材を大気と同一の空気中で加熱して、急冷します。真空焼入れと違って、鋼材が空気中の酸素や二酸化炭素に触れるため、表面にサビが生じ、表面から鉄鋼の硬さの素となる炭素が二酸化炭素などとなって抜けてしまいます。そのため、大気下での焼入れの後には、鋼材表面を皮をむくように削り取る「ピーリング処理」が行われます。また、ピーリング処理によって寸法が変化するため、寸法変化に応じた寸法設定を行い、熱処理後には切削加工などで形状を整える必要があります。

真空焼入れでは、焼入れを真空状態で行うことで、これらの焼入れの難点や焼入れに伴う手間がなくなります。なお、真空状態とは、大気圧(1.013×105Pa)よりも圧力が低い状態のことです。鋼材では、低真空(105Pa~102Pa)または中真空(102Pa~10-1Pa)程度の真空状態で熱処理が行われます。しかし、真空炉を減圧する真空ポンプの性能が不足している場合などでは、真空炉を減圧した後、窒素ガスなどの不活性ガスを流し込むことで残留空気を排出し、高真空状態の代わりとすることがあります。

参考:焼入れとは?焼入れの種類ごとの特徴に分けて解説!

真空焼入れのメリット

真空焼入れは、大気中の焼入れと比べて、以下のメリットがあります。

酸化や脱炭を防ぐことができる

真空焼入れでは、真空状態で鋼材を加熱し、不活性な窒素ガスで冷却を行うため、鋼材表面の酸化や脱炭がほとんど起きません。そのため、大気下の焼入れでは必要となるピーリング処理や後加工などの工程が不要となります。

耐摩耗性が高い

真空焼入れでは、脱炭がほぼ起きないため、硬度が高く、耐摩耗性に優れます。これは、大気下の焼入れでは、ピーリング処理によって鋼材表面を削り取った場合でも、脱炭層が残留して表面硬度が低下することがあるからです。

変色せず、金属光沢が保持される

真空焼入れでは、鋼材表面の酸化がほぼ起きないため、熱処理前後で表面の色や光沢が保持されます。鋼材表面の光沢性が維持されることから、真空焼入れは光輝焼入れとも呼ばれます。

変形が小さく、歪みが少ない

真空焼入れは、真空状態で加熱を行うことから、鋼材の昇温が緩やかで表面と内部の温度差が小さい状態のまま進行するため、変形が起こりにくく、歪みが小さくなっています。なお、鋼材の昇温が緩やかであるのは、減圧下で昇温するため、空気を通した加熱ができず、ほぼ輻射熱のみによって加熱するからです。

ただし、冷却時に変形や歪みが発生することもあり、冷却が急速であるほど変形や歪みが生じやすくなっています。

真空焼入れのデメリット

一方、真空焼入れは、大気中の焼入れと比べて、以下のデメリットがあります。

炉が高価である

真空焼入れで用いられる真空炉は、通常の焼入れに用いられる電気炉やガス炉などと比べて高価です。

また、共に使用される真空ポンプは、高真空状態が得られるものほど価格が高くなっています。しかし、安価で低真空状態しか得られない真空ポンプでは、真空度が不足して、熱処理時に窒素ガスなどの不活性ガスが必要となることがあるため、ランニングコストが余計に掛かることもあります。

炉の占有時間が長くなる傾向がある

真空焼入れでは、加熱に続いて冷却も炉内で行う必要があるため、焼入れの作業を一度始めると炉の占有時間が長くなってしまいます。また、鋼材の昇温に時間が掛かることも、炉の占有時間を長くします。

大気下の焼入れでは通常、冷却は炉外で行われます。一方、真空焼入れで冷却を炉外で実行すると、炉を開けた瞬間に酸化などが進んでしまいます。つまり、真空状態で焼入れを行ったことの意味がなくなってしまうのです。

しかし、近年では、連続式真空炉と呼ばれる複数の炉室を持った真空炉が利用されるようになっています。連続式真空炉は、加熱・冷却の2室、予熱・加熱・冷却の3室など、役割の異なる複数の炉室を持っており、1室で加熱・冷却と炉内の状態を変えなくてはならない従来の真空炉と違い、炉内の状態を維持したまま、ライン作業のように焼入れを行うことが可能です。

真空焼入れの硬度(HRC)

代表的な焼入れ鋼の真空焼入れによる硬度は、下表の通りです。

鋼種 硬度 (HRC)
炭素工具鋼 SK3 58~63
合金工具鋼 SKS3 58~62
SKD11 55~62
SKD61 48~53
高速度工具鋼(ハイス鋼) SKH51 58~64
マルテンサイト系ステンレス鋼 SUS440C 52~56
SUS420J2 50~54
炭素鋼 S45C 14~28
合金鋼 SCM435 27~35

上表は、焼入れ後に焼戻しを行った場合の硬度で、炭素濃度や焼入れ温度、冷却方法、冷却速度、焼戻し温度などによって硬度の値は違ってきます。

なお、大気下の焼入れと真空焼入れで硬度が異なるということは特にありません。しかし、真空焼入れは、脱炭がほぼ起きず、熱処理による欠陥が発生しにくいため、焼入れの後に予期せず硬度が低いなどといったことが起こりにくくなっています。

参考:SKD11とは?硬度、成分、規格、処理、加工方法まとめ

参考:マルテンサイト系ステンレス鋼の基礎知識まとめ

適用可能な主な材質

真空焼入れは、下表のような材質に適用可能です。

材質の分類 鋼種
炭素工具鋼 SK3, SK5
合金工具鋼 冷間ダイス鋼 SKS3, SKD11, DC53, HPM31, KD11, SLD-MAGIC
熱間ダイス鋼 SKD61, DH32, SKT4
高速度工具鋼(ハイス鋼) モリブデン系 SKH51, SKH55
バナジウム系 SKH57
マトリックス系 DRM1, DRM2, DRM3, YXR3, YXR33, YXR7, MH85
粉末系 HAP10, HAP40, HAP70
ステンレス鋼 マルテンサイト系 SUS440C, SUS420J2, HPM38, STAVAX
オーステナイト系 SUS303, SUS304, SUS316
析出硬化系 SUS630
炭素鋼 S45C, S50C, S55C
合金鋼 クロムモリブデン鋼 SCM415, SCM420, SCM435, SCM440
ニッケルクロムモリブデン鋼 SNCM415, SNCM420, SNCM439
軸受鋼 高炭素クロム軸受鋼 SUJ2
ばね鋼 クロムバナジウム鋼 SUP10

上表から理解されるように、真空焼入れは、工具や金型、軸受などの高い品質が要求される鋼材に採用される熱処理です。しかし、近年では、真空炉のコストが低下してきたこともあり、ステンレス製の自動車部品や産業機械部品、家電部品などにも採用されるようになっています。

ただし、クロムやマンガンなどの蒸気圧の高い元素は、真空度が高過ぎると高温下で蒸発することがあるため、ステンレス鋼などのクロム含有量が多い鋼材では、鋼材表面のクロム濃度が減少してしまうことがあります。そのため、マンガンやクロムの含有量が多い鋼材に真空焼入れを施す場合は、不活性ガスを利用するなどして対処する必要があります。なお、下図は、様々な真空度(101~103)で、SUS304に真空焼入れを適用した場合の表面クロム濃度です。真空度が高く(加熱時の圧力が小さく)、熱処理温度が高いほど、鋼材表面のクロム濃度が減少しています。

引用元:工具の通販モノタロウ > 工具の熱処理・表面処理基礎講座 > 「3-6真空熱処理適用上の留意事項」株式会社MonotaRO(ものたろう)

焼戻しや高周波焼入れ、ズブ焼きとの違い

ここでは、焼入れ後に再加熱する「焼戻し」、鋼材表面のみを硬くする「高周波焼入れ」、鋼材の内部まで加熱して鋼材全体を硬くする「ズブ焼入れ(全体焼入れ)」について触れていきます。

そもそも、焼戻しは、焼入れの加熱温度の2分の1程度の温度まで加熱し、緩やかに冷却する熱処理です(下図参照)。焼入れの後に必ず実施される熱処理で、焼入れによって脆くなった鋼材の靭性や硬度の調整、内部応力の緩和を目的に行われます。真空焼入れ後の焼戻しは、必ずしも真空炉が使用されるわけではありません。しかし、その場合は、大気下の焼入れほどではありませんが、鋼材表面の酸化や脱炭、変色、金属光沢の消失が起こります。そのため、真空焼入れ後は、真空焼戻しを行うことが推奨されます。

高周波焼入れは、電磁誘導によって鋼材内部に電流を誘起し、鋼材の表面のみを加熱して焼入れを行う熱処理ですが、一般的な真空炉で実施することはできません。真空炉を使用する熱処理は通常、鋼材を炉内に入れて密閉した後に、真空状態を作って、加熱します。そのため、鋼材全体に焼入れを施すズブ焼入れが標準的であり、高周波焼入れのように部分的に焼入れを施すことはできません。ただし、高周波焼入れに対応した真空炉も少ないながら存在します。

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