2025-01-10
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ABS樹脂は、3種類の有機化合物を合成したプラスチックです。それぞれの成分の良い特徴を組み合わせることで、強度と柔軟性のバランスが良く、様々な耐性を持った素材になっています。
安価で大量生産される汎用樹脂の一つに数えられることから、幅広い用途があります。製品例としては、液晶テレビやデジタルカメラの外装、自動車部品、文房具、各種ケースなどが挙げられ、私たちが利用する多様な製品に用いられています。
この記事では、ABS樹脂の特徴や用途、種類などについて解説します。他の素材との性質の比較もしていますので、ABS樹脂について知りたい方は参考にしてください。
ABS樹脂とは、アクリロニトリル、ブタジエン、スチレンという3種類の有機化合物を化学的に結合させた合成樹脂のことです。加熱によって軟化して可塑性を示し、冷却によって再び固化する「熱可塑性樹脂」に分類されます。正式名称はアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂で、「ABS」は各有機化合物の頭文字からとった略称です。
ABS樹脂は、上記3種類の有機化合物のポリマーであるポリアクリロニトリル、ポリブタジエンおよびポリスチレンの下表に挙げたような特性を組み合わせることで、それぞれの利点を活かしつつ、欠点を補うように作り上げた合成樹脂です。
<ABS樹脂を構成するモノマーとそのポリマーの特徴>
なお、ポリマーとは、その構成要素であるモノマー(スチレン分子など)が鎖状や網状に結合してできた高分子化合物のことです。そして、モノマーからポリマーを合成することを重合、2種類以上のモノマーからポリマーを合成することを共重合と言います。
また、ABS樹脂は、熱可塑性樹脂の中でも、性能が比較的低いものの、低価格で生産量が多く、大量に消費される汎用樹脂の一つです。ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリ塩化ビニル(PVC)と並ぶ、5大汎用樹脂の一つに数えられることもあり、様々な用途・分野で使用されています。
参考:塩ビ(ポリ塩化ビニル・PVC)とは?特徴・長所と短所・用途・加工方法
ABS樹脂の特徴は、まず強度や剛性、硬度と靭性(衝撃耐性)のバランスが良いことです。つまり、ABS樹脂は、壊れにくく、変形しにくく、その上、硬いにも関わらず、割れにくい素材であることを意味します。
ABS樹脂は、下表に見られるように、ポリプロピレン(PP)やポリスチレン(PS)と比較して、「衝撃強さ」が特に大きく、強度や剛性、硬度のほか、靭性も兼ね備えていることが理解できます(下表参照)。
<ABS・PP・PSの機械的性質>
参照元:プラスチックの基礎「プラスチックの物性」株式会社KDA
なお、上表の「ロックウェル硬さ」の「R」と「M」は、スケールの違いを意味し、RスケールよりもMスケールの方が高硬度です。
このような優れた機械的性質から、ABS樹脂は、家電製品や電気・電子製品、機械の部品などに用いられています。
ABS樹脂の熱的性質は、耐熱温度が66~110℃、脆くなって壊れやすくなる脆化温度が-20℃と、一般的な用途での使用範囲としては充分に良好です。
しかし、他の汎用樹脂と比べて特に優れているわけではなく、下表に見られるように、ABS樹脂の耐熱温度は、ポリスチレン(PS)やポリ塩化ビニル(PVC)よりは高いものの、ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)よりも低くなっています。
<主要汎用樹脂の熱的性質>
参照元:技術情報「プラスチック物性一覧表 (熱可塑性)」華陽物産株式会社
なお、上表の「熱変形温度」とは、18.5kg/cm2の荷重が加えられたときに変形が始まる温度のことです。
耐薬品性について、ABS樹脂は、酸やアルカリ、塩類に耐性があります。しかし、強酸に対しては、これらが付着すると劣化してクラックなどが生じることがあります。
溶剤には特に弱く、ケトンやエステル、塩素化炭化水素などの有機溶剤に接触すると溶解するので注意が必要です。
一方、アルコールや炭化水素には不溶ですが、これらに長時間浸漬すると吸収して膨潤してしまいます。
また、ABS樹脂は、紫外線の影響でブタジエン成分が酸化することから耐候性が低く、長時間直射日光に曝されると表面変色や光沢劣化が発生します。
そのため、屋内で使用される家電製品や雑貨品などの材料には適しているものの、屋外での使用には向いていません。ただし、塗装を施したものや構成成分を変えて耐候性を高めたものの中には、十分に屋外使用に耐えうるABS樹脂が存在します。
他の汎用樹脂と腐食耐性を比較したのが下表で、ABS樹脂の腐食耐性は汎用樹脂の中では低めです。
参照元:プラスチックの基礎「プラスチックの耐薬品性」株式会社KDA
加工性が良好であることもABS樹脂の特徴です。
ABS樹脂は、流動性に優れるため、射出成形や押出成形、ブロー成形などの樹脂成形全般に適しており、薄肉品なども容易に成形できます(成形時の条件・性質は下表参照)。
<ABS樹脂の樹脂成形時の性質>
参照元:技術情報「プラスチック物性一覧表 (熱可塑性)」華陽物産株式会社
ABS樹脂は、その流動性の高さから、3Dプリンターの材料としても有用です。プリンターのノズルで詰まったり、固まったりすることはほとんどなく、プリントしやすい樹脂として頻繁に用いられています。
切削加工や曲げ加工の加工性も良好で、溶接や溶着、接着なども可能です。
めっきや塗装などの表面処理も適用可能で、印刷特性にも優れます。
ABS樹脂へのめっき例としては、銅めっきや金めっき、クロムめっきが挙げられ、めっきが施されたABS樹脂は、自動車の内外装部品や様々な機器の筐体などに用いられています。
参考:射出成形の仕組みやメリットを解説!他の加工法との比較も
外観について、ABS樹脂の自然色は、光沢のある薄目のアイボリー色です。着色できる上、自然色に癖がないため、自由に色を着けることが可能です。光沢についても調節可能で、光沢を残すことも、艶を消してマットな質感にすることもできます。
このABS樹脂の光沢を活かしたのが「ピアノブラック」と呼ばれる高級感のある色調です。ピアノブラックは、その名の通り、ピアノの高光沢の黒色のことで、家電製品の筐体や自動車の内装に採用されています。
その鏡面のような仕上がりは、通常何層もの塗装とその研磨によって実現していますが、ABS樹脂を材料とする特殊な射出成形技術によっても実現可能です。
ABS樹脂は、電気絶縁性を示します。幅広い温度・湿度・周波数の範囲で良好な絶縁性を示し、誘電率も極めて低くなっています。
ABS樹脂は、可燃性です。
とは言え、引火しやすいわけではなく、燃焼速度も速いわけではありませんが、ゴム臭を伴って煤を出しながら燃焼します。
以上の特徴・性質は、ABS樹脂の成分比率や合成方法、ペレット(素材となる粒状の合成樹脂)のサイズによって変化します。
一般的に、ABS樹脂を構成するアクリロニトリル・ブタジエン・スチレンの成分比率は、20:30:50となっており、この比率が異なると、性質も変わってきます。例えば、ブタジエンの比率が多いABS樹脂では、耐衝撃性が高くなりますが、強度や剛性、硬度、流動性、耐熱性は低くなります。
一方で、ABS樹脂を販売している素材メーカーの多くは、成分比率や合成方法を公開しておらず、またデータシートなどに記載されている機械的性質などはメーカーによって異なります。従って、ABS樹脂を選定する際には、その違いを考慮する必要があります。
以上のように、ABS樹脂は、様々な特徴がありますが、メリットとデメリットに分けてまとめると以下の通りです。
ABS樹脂は、上述したように、構成成分の比率や合成方法などによって性質が大きく変わりますが、添加物を加えたり、構成成分を入れ替えたりすることでも、性能の向上や機能の付加を図ることが可能です。
ここでは、そのような例をいくつかをご紹介します。
強化ABS樹脂は、主に機械的性質の向上を目的に繊維素材などを添加したABS樹脂です。
ガラス繊維(Glass Fiber)を添加した「GF強化ABS樹脂」が最も多く採用されており、剛性強化や耐熱性向上を図ることができます。
「CF強化ABS樹脂」と呼ばれる炭素繊維(Carbon Fiber)を添加したABS樹脂も存在し、強度や剛性、耐摩耗性を高める効果があるほか、軽量化が図れるという利点があります。
そのほか、添加剤を加えて耐薬品性や耐候性を高めたものなど、様々な特性を強化したABS樹脂を素材メーカーは取り揃えています。
αメチルスチレン系ABS樹脂とフェニルマレイミド系ABS樹脂は、ABS樹脂の耐熱性を高めたものです。
αメチルスチレン系はスチレンをαメチルスチレンで代替したもの、フェニルマレイミド系はN-フェニルマレイミドを添加してスチレン成分に重合させたもので、フェニルマレイミド系の方が耐熱効果に優れます。
ASA樹脂、ACS樹脂およびAES樹脂は、ABS樹脂の弱点である耐候性を改善するため、紫外線に弱いブタジエンをそれぞれ別の成分に入れ替えて共重合させた合成樹脂のことです。
ASA樹脂(アクリロニトリル-スチレン-アクリル酸エステル樹脂)は、アクリルゴムにアクリロニトリルとスチレンを共重合させた合成樹脂です。耐候性や耐オゾン性に優れたアクリルゴムを用いることで、耐衝撃性を維持しつつ、耐候性の改善が図れます。
ACS樹脂(アクリロニトリル-塩素化ポリエチレン-スチレン樹脂)は、ブタジエンの代わりに、耐候性や耐オゾン性、耐衝撃性に優れた塩素化ポリエチレンを用いた合成樹脂です。ABS樹脂よりも、優れた耐候性、耐帯電性および耐汚染性を示すほか、可燃性のABS樹脂とは異なり難燃性です,
AES樹脂(アクリロニトリル-エチレン-プロピレン-ジエン-スチレン樹脂)は、ブタジエンの代替としてエチレンプロピレンジエンゴムを共重合させた合成樹脂です。ABS樹脂に比べて、耐候性に勝りますが、熱的性質に若干劣ります。
下表は、これらの樹脂とABS樹脂の違いをまとめたものです。
<ASA樹脂・ACS樹脂・AES樹脂とABS樹脂との違い>
ABS樹脂は、外観の良さとバランスの取れた機械的性質などから、以下のような様々な製品に用いられています。
●家電製品…テレビ、エアコン、冷蔵庫、掃除機、洗濯機、ポット、PC、ノートパソコン、デジタルカメラ、プリンター、ゲーム機など
●自動車部品…メーターケース、カーナビフレーム、コンソールボックス、フロントグリル、ハンドルなど
●建築部材…ドアや流し台、棚などの装飾部材(屋内用)、パイプなど
●日用品…食器、トレー、密閉容器、スーツケース、キャリーケース、おもちゃ、スポーツ用品、家具、文具、楽器など
ポリカーボネート(Poly Carbonate: PC)樹脂は、ABS樹脂と同じ熱可塑性樹脂の一つですが、汎用樹脂であるABS樹脂とは異なり、より高性能なエンジニアリングプラスチック(汎用エンプラ)に分類される合成樹脂です。
ここでは、ポリカーボネート樹脂のABS樹脂との性能の違いについてご紹介します。
ポリカーボネート樹脂の外観は、薄く色付いているABS樹脂とは違って、クリアな透明です。非常に透明性が高く、その透明度は光学機器に用いられるほどです。アクリル樹脂などと共に有機ガラスと呼ばれることがあります。
ポリカーボネート樹脂の機械的性質は、強度、剛性、硬度および靭性(耐衝撃性)の全てにおいてABS樹脂よりも優れています(下表参照)。特に、耐衝撃性は、汎用エンプラの中でも特に高く、銃弾の貫通を防ぐ防弾ガラスの材料にも使用されています。
<ABS樹脂とPC樹脂の機械的性質の比較>
参照元:プラスチックの基礎「プラスチックの物性」株式会社KDA
ポリカーボネート樹脂は、熱的性質にも優れており、-100~140℃の温度範囲で使用可能です。ABS樹脂も-20~110℃の温度範囲で使用できることから決して悪くはありませんが、ポリカーボネート樹脂には劣ります(下表参照)。なお、ポリカーボネートの使用可能温度範囲の下限は、脆化温度のー100℃です。
<ABS樹脂とPC樹脂の熱的性質の比較>
参照元:技術情報「プラスチック物性一覧表 (熱可塑性)」華陽物産株式会社
耐薬品性について、ポリカーボネート樹脂は、酸とアルカリの双方に弱く、特にアルカリに対しては弱アルカリでも接触すると劣化します。この点、ABS樹脂の耐薬品性に劣っています。
有機溶剤に対しても弱い特徴がありますが、これはABS樹脂も同様です。
耐候性については、ABS樹脂よりは良好であるものの、紫外線による劣化は起こります。
下表は、以上のポリカーボネート樹脂とABS樹脂の腐食耐性を数値化してまとめたものです。
<ABS樹脂とPC樹脂の腐食耐性の比較(数字が大きいほど耐薬品性が高い)>
参照元:プラスチックの基礎「プラスチックの耐薬品性」株式会社KDA
ポリカーボネート樹脂は、ABS樹脂同様、樹脂成形加工と切削加工の加工性が良く、溶接にも適しています。ただし、曲げ加工については適用可能ですが、ABS樹脂ほど加工しやすいわけではありません。めっき方法も確立しており、塗装もABS樹脂と同様に可能です。
そのほか、ポリカーボネート樹脂は、不燃性であるという利点があります。この点、可燃性のABS樹脂と比べると、使いやすい樹脂であると言えます。
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