2024-09-17
更新
志民 直人
技術営業、カスタマーサクセス
切削加工歴29年の1級機械加工技能士(精密器具製作/フライス盤/数値制御フライス盤)。金型・部品加工経験を持ち、CAD・CAMや各種工作機械に精通。設計からカスタマーサービスまで幅広く対応。製造現場改善や治具設計も得意。趣味は日曜大工、ゲーム。
SUS440Cは、JIS規格に規定されているステンレス鋼の中で最も硬いステンレス鋼です。マルテンサイト系ステンレス鋼の一種で、熱処理を施し、硬度を高めた状態で利用することが前提とされています。
強度や耐摩耗性が必要なベアリングやシャフトなどの機械部品によく採用されるステンレス鋼で、高い強度と耐食性から刃物の用途もあります。
しかし、SUS440Cにとって最も重要な硬度、さらにはステンレス鋼の大事な特性である耐食性も、熱処理条件によって変化するため、その取扱いには十分な知識が必要です。
この記事では、SUS440Cの性質や規格、物理的性質、耐食性、熱処理条件によって変わる機械的性質などについて解説していきます。
SUS440Cとは、炭素の含有量が0.95〜1.20%と多く、焼入硬化性が特に高いマルテンサイト系ステンレス鋼の一種のことです(上図参照)。焼き入れと焼き戻しによって、ステンレス鋼の中でも最高レベルのHRC58以上という硬度を出すことができます。高硬度であるため、耐摩耗性や疲労強度が高く、引張強さも良好で、機械的性質に優れたステンレス鋼です。価格は、SUS304と同程度か、SUS304よりも少し高いくらいとなっています。
SUS440Cの耐食性は、クロムを16.0〜18.0%とステンレス鋼の中でも比較的多く含有するため、S45Cなどの炭素鋼やSK材・SKS材といった工具鋼と比べると高くなっています。しかし、炭素含有量が多いため、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)やフェライト系ステンレス鋼(SUS430など)、他のマルテンサイト系ステンレス鋼(SUS410やSUS420など)に劣ります。
参考:SUS304とSUS430の意味とは? 使い分けや特徴も分かりやすく解説!
SUS440Cの被削性は、焼き入れ前(焼き鈍し後の状態)であれば、普通鋼やフェライト系ステンレス鋼と同程度で、オーステナイト系ステンレス鋼よりは良好です。しかし、焼き入れ・焼き戻し後の被削性は悪いため、焼き入れ前に最終的な形状まで成形することが多くなっています。ただし、焼き入れ・焼き戻し後にも加工を行う場合は、硬度に関係なく加工ができる放電加工を採用したり、難削材用の工具を使用したりする必要があります。なお、JIS規格には、SUS440Cに硫黄を添加して被削性を改善したSUS440Fが存在します(上図参照)。
SUS440Cの焼入硬化性は特に良好で、焼き入れ・焼き戻しの適用が前提とされているステンレス鋼です。下表は、JIS規格(JIS G 4303:2021)に記載してある焼き鈍し・焼き入れ・焼き戻しの熱処理条件の例ですが、この条件以外の熱処理条件が用いられることもよくあります。
・徐冷…炉の停止後、鋼材を炉内に入れたままにし、炉が冷えるのに合わせて鉄鋼を冷却する方法
・油冷…炉の停止後、鋼材を炉から取り出し、油中に入れて冷却する方法
・空冷…炉の停止後、鋼材を炉から取り出して、常温の空気中で冷却する方法
SUS440Cの用途は、以下のように、優れた硬度や耐摩耗性、比較的良好な耐食性を活かしたものが多くなっています。
・ベアリング(軸受)…回転・往復運動する部品を支持する部品のこと。荷重に対する形状不変性や摩擦に対する耐性が必要であることから、SUS440Cが採用されることがあります。
・刃物…包丁やハサミ、カミソリ、医療用メスなどの刃のこと。高い硬度と防錆性が必要であることから、SUS440Cがよく採用されています。
・ゲージ…製品検査で形状や精度などの検証に使用する測定・検査ゲージのこと。形状不変性や防錆性が必要であることから、SUS440Cが採用されることがあります。
・金型…耐摩耗性が必要。プラスチックの射出成形用の金型にSUS440Cが採用されることがあります。
そのほか、ノズルやシャフト、ポンプ部品などの強度を要する機械部品に用いられています。
SUS440Cは、以下のJIS規格に定められています。
・JIS G 4303:2021「ステンレス鋼棒」
・JIS G 4308:2013「ステンレス鋼線材」
・JIS G 4309:2013「ステンレス鋼線」
・JIS G 4318:2016「冷間仕上ステンレス鋼棒」
SUS440Cの板材の規格はありませんが、市場には出回っています。なお、炭素含有量だけがSUS440Cと異なる、SUS440Aの板材については、以下のJIS規格に記載があります。
・JIS G 4304:2021「熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」
・JIS G 4305:2021「冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」
また、SUS440CのJIS規格以外の規格との対応は以下の通りです。
SUS440Cの硬度は、「JIS G 4303:2021」にて上表のように規定されています。ただし、必ずしもこれらの硬度になるわけではなく、特に焼き入れ後と焼き戻し後の硬さは熱処理条件によって大きく変わります。
例えば、様々な焼き入れ温度に対する焼き入れ後(焼き戻し前)の硬度は、以下のような値が報告されています。
参照元:シリコロイ ラボ「SUS440C」株式会社シリコロイラボ
焼き入れ・焼き戻し状態については、下表のように、様々な焼き戻し温度における多種の機械的性質のデータがあります。
参照元:Penn Stainless「440C STAINLESS STEEL」Penn Stainless Products Inc
1020℃で焼き入れを行い、冷却方法として油冷を採用した場合では、焼き戻し後の硬度は、下図のような値になるとのこと。
参照元:シリコロイ ラボ「物理的性質」株式会社シリコロイラボ、*製品カタログ・技術情報「ステンレス鋼」愛知製鋼株式会社
SUS440Cの主な物理的性質は、上表の通りです。
ヤング率は、温度によって値が変化しますが、下表の通りとなっています。
参照元:Gruppo Lucefin「1.4125a440c62.pdf」LUCEFIN S.P.A.
温度範囲によって値が変わる熱膨張係数は、下表の通りです。
参照元:Gruppo Lucefin「1.4125a440c62.pdf」LUCEFIN S.P.A.
マルテンサイト系に言えることですが、SUS440Cの物理的性質は、フェライト系と類似しており、オーステナイト系とは異なる点が多くあります。SUS440Cは、普通鋼と同じく強磁性で、この点、SUS304などのオーステナイト系と異なります。比熱や電気抵抗率、熱膨張係数は、オーステナイト系の値よりも低く、密度や熱伝導率、ヤング率は、オーステナイト系の値よりも高くなっています。
(単位:%)
SUS440Cの化学成分は、JIS規格によって上表のように定められています。
SUS440Cは、ステンレス鋼の硬度や強度、焼入性に効果がある炭素の含有量が多く、焼入性のほか、耐食性や耐熱性を向上させるクロムの含有量も比較的多いステンレス鋼です。クロムは、防錆性の源となる酸化皮膜を形成し、焼き入れ後には、炭素と結合してクロム炭化物となり、SUS440Cの硬度や強度に寄与します。
SUS440Cは、上述したように、酸化皮膜の素となるクロムを多く含むため、良好な耐食性を示します。しかし、焼き入れ・焼き戻しによって、クロム炭化物が析出するため、周囲のクロム含有量が減少し、耐食性が低下します。
ただし、その耐食性は、焼き戻しの熱処理条件によって異なり、焼き戻し温度が高いほど、クロム炭化物の析出量が多くなるため、耐食性は低くなります。一方、焼き入れ後の耐食性が最も高く、焼き戻し温度が低いほど、耐食性の低下は抑えられます。
SUS440Cの腐食耐性は、代表的なステンレス鋼と比べると下表のようになります。
参照元:シリコロイ ラボ「耐食性比較表」株式会社シリコロイラボ、*シリコロイ ラボ「耐食性の一例」株式会社シリコロイラボ
SUS440Cの局所的な腐食耐性は、代表的なステンレス鋼と比べると下表の通りです。孔食は点状に生じ、内部深くに侵食する腐食のことで、孔食電位は孔食の発生する下限の電位で値が小さいほど孔食が生じやすくなっています。
参照元:シリコロイ ラボ「耐食性比較表」株式会社シリコロイラボ
(単位:%)
そもそも、SUS440CはSUS440Bに炭素を加えて焼入硬化性の向上を図ったもの、SUS440BはSUS440Aに炭素を加えて焼入硬化性の向上を図ったものであり、これらの間の違いは炭素含有量だけです(上表参照)。
従って、これらの硬度・靭性・耐食性の関係は、以下のようになります。
・硬度:SUS440C > SUS440B > SUS440A
・靭性:SUS440A > SUS440B > SUS440C
・耐食性:SUS440A > SUS440B > SUS440C
なお、これらの硬度の値は、「JIS G 4303:2021」にて下表のように規定されています。
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