2024-09-18
更新
染谷 ひとみ
Mitsuri Media管理人
精密板金加工工場のインサイドセールスとして加工と寸法の提案をしてきた経験を経て、製造業の知見と楽しさを提供している。 幼少期からモノの構造を理解するのが好き。JAPAN MENSA会員。
析出硬化系ステンレス鋼とは、金属間化合物の析出を利用して、高い強度を得ることを目的としたステンレス鋼です。代表的な鋼種にSUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)と SUS631(17Cr-7Ni-1Al)があり、両鋼種ともJISによって規定されています。また、これらの鋼種は、クロム(Cr)の含有量とニッケル(Ni)の含有量から、SUS630は17-4PH、SUS631は17-7PHと呼ばれることもあります。なお、PHとは、precipitation hardening(析出硬化)の頭文字を示しています。
析出硬化系ステンレス鋼では、固溶化熱処理後に析出硬化(時効硬化)処理を行うことで、金属間化合物を析出させ、強度を高めています。固溶化熱処理で過飽和に固溶した析出硬化元素を、時効硬化によって第2相を微細分散析出させるという仕組みです。材質によって成分組成が異なるため、析出する金属間化合物や析出のメカニズムが異なります。
また、析出硬化系ステンレス鋼では、焼入れ鋼と比べて、より低温で熱処理を行うため、焼入れによって生じやすい変形、歪み、寸法変化、焼き割れ、残留オーステナイトに起因する経年変化などが起こりにくいという特徴を持ちます。
SUS630(17Cr- 4Ni-4Cu-Nb)では、銅(Cu)の添加により析出硬化性を付与することで、Cu-過剰相を析出させます。
熱処理としては、固溶化熱処理(S:Solution treatment)後に、規定された次の4段階(H900、H1025、H1075、H1150)の析出硬化処理(H:Hardening)を施します。
JISにおいて、SUS630の熱処理条件は次のように定められています。
<SUS630の熱処理条件>
固溶化熱処理では、1020~1060℃から急冷させ、マルテンサイトの金属組織が得られます。この後、目的とする硬度に応じて、析出硬化処理を行います。析出硬化処理は、華氏による処理温度によって定められています。例えば、H900では析出硬化処理温度が華氏900度(482℃)で、JIS上では470~490℃で析出硬化処理を行うよう定義されています。下図に示した通り、析出硬化処理温度が高くなるほど、硬度が下がり軟化します。
<時効硬化熱処理温度と硬度の関係>
SUS630において、固溶化熱処理後、析出硬化処理(H900)後、それぞれの顕微鏡組織(200倍)を下図に示します。
<SUS630顕微鏡組織>
参考記事:SUS630(ステンレス鋼)磁性、成分、切削性、機械的性質
参考記事:15-5PH(ステンレス鋼)化学成分、磁性、機械的性質
SUS631(17Cr-7Ni-1Al)では、Alの添加により析出硬化性を付与することで、Ni-Al 金属間化合物相を析出させます。
熱処理では、まず固溶化処理(S処理)において1000~1100℃から急冷し、準安定オーステナイト組織が得られます。不安定なオーステナイトから安定なマルテンサイトに変態させるための熱処理(マルテン化処理)である、T処理(中間熱処理)あるいはR処理(サブゼロ処理)を行った後、析出硬化処理(H処理)を行います。
JISにおいて、SUS631の熱処理条件は次のように定められています。
<SUS631の熱処理条件>
SUS631においても、析出硬化処理温度に応じて熱処理記号が定められており、RH950とTH1050の2種類が存在します。RH950では、S処理→R処理(955±10°Cに10分保持、室温まで空冷、24時間以内に-73±6°Cに8時間保持)→H処理(510±10°Cに60分保持後、空冷)を行います。TH1050では、S処理→T処理(760±15°Cに90分保持、1時間以内に15°C以 下に冷却、30分保持)→H処理(565±10°Cに90分保持後、空冷)を行います。
<析出硬化系ステンレス鋼の機械的性質>
SUS630及びSUS631の機械的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の硬度については、熱処理(焼入・焼もどし)によって高硬度を得ているマルテンサイト系ステンレス鋼とほぼ同等の値を示します。
SUS630の強度については、オーステナイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種であるSUS304と比べると、2倍以上の値を示します。
SUS631については、SUS301をベースにAlを添加し、析出硬化によって弾性限を高めた鋼であるため、優れたバネ特性を有しています。
<析出硬化系ステンレス鋼の物理的性質>
引用元:愛知製鋼株式会社
SUS630及びSUS631の物理的性質を上表に示しました。析出硬化系ステンレス鋼の磁性について、固溶化熱処理状態では非磁性ですが、析出硬化処理後は強い磁性を示します。そのため、磁性を嫌う機器などで使用する場合には注意が必要です。
各種ステンレス鋼の耐食性は、次のようになっています。
オーステナイト系>析出硬化系>フェライト系、マルテンサイト系
析出硬化系ステンレス鋼は、焼入れによって硬化ができないオーステナイト系ステンレス鋼をベースに、熱処理によって高強度化できるよう改良された鋼種です。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼同様、Cr-Ni(クロムニッケル)系の組成を持っており、耐食性はオーステナイト系ステンレス鋼には及ばないものの、クロム系のフェライト系ステンレス鋼よりは優れています。
また、下図に示したように、一般的に材質の硬度と耐食性は反比例の関係を示します。前述した通り、析出硬化系ステンレス鋼(SUS630)の耐食性は、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304L、SUS316L)よりは劣るものの、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS420J2)やフェライト系ステンレス鋼と比べると優れており、硬度と耐食性のバランスが良好な鋼種です。
<硬度と耐食性(孔食電位)の関係>
析出硬化系ステンレス鋼は、その優れた強度・耐食性を活かして、自動車や航空機、電子機器などの分野で広く利用されています。
用途としては、シャフト、タービン部品、スチールベルトなどが挙げられます。また、弾性にも優れることから、バネ材、スプリングワッシャーなどにも利用されています。
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