2025-01-15
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止め輪とは、軸に嵌められた環状の部品や穴に挿入された円筒状の部品を固定して、軸方向に滑ったり、ズレたりすることを防止するために用いられる部品のことです。ドライブシャフトに嵌められたホイールがズレないのも、止め輪によってホイールの軸方向の移動が制限されていることが理由です。
日常生活の中では、あまり目にすることはありませんが、パソコンやスマートフォンといった家電、時計や錠といった精密機器など、身の回りの様々なものに使用されています。モーターやポンプといった工業的に必要不可欠な機械構造にも、当たり前のように使われています。
この記事では、この止め輪の詳細、種類、規格、使い方や強度などについて解説していきます。
止め輪とは、スナップリングとも呼ばれる、弾力性のある輪状の部品のことです。
その弾力性を利用して、軸の外周や穴の内周に沿って付けられた溝にパチンと嵌め込み、軸に嵌め合わせられた部品(軸受など)や穴に挿入された部品の位置決めをしたり、軸方向の移動を阻止又は制限したりする場合に用いられます。
溝加工が不要な止め輪もあります。溝加工不要な止め輪には爪部が存在し、爪部を軸や穴に食い込ませることで、止め輪を固定します。この止め輪は、軸や穴が傷付いたり、凹んだりしても問題のないケースで採用されます。
止め輪の材質には、バネ用鋼が主に用いられます。最も一般的に使用されているのは、カーボンスプリングスチールと呼ばれる、バネ用の炭素鋼です。しかし、カーボンスプリングスチールは腐食しやすいので、バネ用のステンレス鋼が採用されることもあります。そのほか、強度やバネ性、耐食性などの要件や用途、使用環境によって、ベリリウム銅、インコネル、リン青銅なども使用されています。
また、カーボンスプリングスチールなどの腐食しやすい止め輪に対しては、耐食性・耐塩性の向上や保存期間の延長を目的に、以下のような表面処理が施されます。
・リン酸塩皮膜処理
・六価クロム皮膜処理
・三価クロム皮膜処理
・その他のコーティング(オイル処理)
止め輪を使用するメリットは、軸や穴に止め輪を嵌め込む溝を加工するだけで済むことです。止め輪形状の構造を予め軸や穴に加工しておく場合に比べて、必要な材料が少なくなる上、加工費や切り屑などの廃棄物を削減できます。
ただし、止め輪と溝の間に隙間が出来やすく、ガタツキなどが生じて異音が発生する場合があります。また、強度が弱いこともデメリットです。
止め輪の用途としては、例えば、以下が挙げられます。
・家電…パソコン、スマートフォン、デジタルカメラ、エアコン、プリンタ、スキャナ
・精密機器…時計、施錠機器、顕微鏡、望遠鏡
・産業機械…モータ、ロボット、ポンプ、シリンダー、センサー、メーター
・輸送機器…クラッチ、キャブレター、トランスミッション
具体的な用途としては、トランスミッションのシャフトに嵌め合わせる歯車・ベアリングやドライブシャフトに嵌め合わせるホイールの軸方向への移動阻止などが挙げられます。
止め輪には、様々な種類があり、大きく以下の3種類に分けられます。
・偏心型止め輪
・同心型止め輪
・スパイラルリング(巻き止め輪)
偏心型止め輪は、内径の軸心と外径の軸心が異なる、板幅がギャップ部にかけて細くなっている止め輪です。
その板幅の先細りの効果によって、広げたり、狭めたりしたときでも円形を保つことから、止め輪の外周が溝の円周に沿った面全体と接触しやすくなっています。それは、止め輪の直径が、軸用の場合は軸の溝部の直径よりも小さく、穴用の場合は穴の溝部の直径よりも大きくなっているからです。
同心型止め輪は、内径の軸心と外径の軸心が同一で、板幅がギャップ部以外一定となっている止め輪です。
板幅が一定であるため、広がった又は狭まった状態では楕円形となります。そのため、装着時の広がった又は狭まった止め輪では、止め輪の外周は、溝の円周に沿った面と3点のみで接触することになります。そのため、偏心型止め輪と比べると、接触する部位が少なくなる分、固定力に劣ります。
また、ほとんどの偏心型止め輪が備える、ギャップ部にあって着脱時の取っ手となる突起部(ラグ部)が存在しないため、装着部位にスペースを確保することができます。
スパイラルリングは、上図のような扁平なスプリング状の止め輪です。ギャップ部もラグ部もないため、円周に沿った360度の全ての面で溝壁と接する上、溝からはみ出す部位も少なくなります。さらに、巻数を変えることで、軽荷重から重荷重までの幅広い荷重に対応可能です。
また、止め輪は、その取り付け方向によって、以下の2タイプに分けることができます。
・スラスト方向取り付けタイプ…軸方向に取り付けるタイプ。軸には止め輪を広げて軸に沿って嵌め合わせることで取り付け、穴には止め輪を狭めて挿入することで取り付ける。
・ラジアル方向取り付けタイプ…軸の外(軸の直角方向)から取り付けるタイプ。止め輪のギャップ部を軸の直径よりも広げることで、軸の外側から取り付ける。スラスト方向取り付けタイプよりも耐荷重は小さい。
止め輪の規格としては、「JIS B 2804:2010」があり、以下の6種類が記載されています。
・C形軸用偏心止め輪
・C形穴用偏心止め輪
・C形軸用同心止め輪
・C形穴用同心止め輪
・E形止め輪
・グリップ止め輪
以下では、これらの6種類の止め輪のほか、「丸形止め輪」や「ベベル形穴用止め輪」、「クリセント形止め輪」などの代表的な止め輪について詳述します。
C形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用と穴用が存在し、軸用はJIS規格の「C形軸用偏心止め輪」、穴用はJIS規格の「C形穴用偏心止め輪」に対応します(上図参照)。
C形止め輪は、下図に見られるスナップリングプライヤーをラグ部の穴に差し込み、軸用は広げて軸に嵌め合わせることで、穴用は狭めて穴に挿入することで装着します。
引用元:スタッフブログ「スナップリングプライヤーについてのお話しです!」Joyfulインポートツールズ株式会社
なお、JIS規格の「C形軸用同心止め輪」と「C形穴用同心止め輪」については、下記の「同心止め輪」で説明します。
丸形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用と穴用が存在します(上図参照)。
溝の円周に沿った面とは、ラグ部とギャップ部の反対面の3箇所だけで接触するため、C形止め輪に比べて、耐スラスト荷重(止め輪が耐えうる軸方向の荷重)が3分の2程度となります。
丸形止め輪の使い方は、C形止め輪と同様で、スナップリングプライヤーによって、軸用は広げて軸に嵌め合わせることで、穴用は狭めて穴に入れることで装着します。
ベベル形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用と穴用が存在します。
ベベル形止め輪の構造は、C形止め輪と基本的に同等であるものの、溝に嵌め込む部分の片面に15度の傾斜が付けられている点が異なります。この傾斜は、溝にも付ける必要があり、基本的に荷重を支える溝壁に傾斜が付けられます(下図参照)。
引用元:止め輪の諸計算(参考)「ベベル形止め輪について」株式会社 オチアイ
ベベル形止め輪の使い方は、溝に嵌め込むまではC形止め輪と同様ですが、下図のように傾斜を利用してクサビとして使用する点がC形止め輪と異なります。クサビとして用いることで、溝の加工精度や支える部品のサイズのバラツキなどによるガタツキを抑制することが可能です。
引用元:止め輪の諸計算(参考)「ベベル形止め輪について」株式会社 オチアイ
E形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、ラジアル方向に取り付けるタイプの止め輪です。通常のE形止め輪と側面から見ると弓状になっている弓E形止め輪の2種類があります。通常のE形止め輪は、JISにて規格化されています。
溝の円周に沿った面とは、内側に張り出した3つのラグ部(上図参照)の3箇所のみで接触するため、重荷重の部品を支持することはできません。また、弓E形止め輪は、その形状から軸方向に高さがあるため、保持する部品との隙間を埋めることが可能です。
E形止め輪は、ドライバーなどの何か固いものを使って、軸の溝にギャップ部を押し付ければ、弾力性により広がってパチンと嵌め込むことができます。
クリセント形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、ラジアル方向に取り付けるタイプの止め輪です。
上図のようなコンパクトな構造で、E形止め輪に比べて外径も小さいため、狭いスペースにも使用することができます。
クリセント形止め輪の使い方は、E形止め輪と同様で、軸の溝にギャップ部を押し付ければ、嵌め込むことが可能です。
U形・K形止め輪は、溝加工が必要な偏心型止め輪の一つで、ラジアル方向に取り付けるタイプの止め輪です。
溝の円周に沿った面との接触部分が比較的多いため、E形止め輪に比べて、耐スラスト荷重が高くなっています。
使い方は、E形止め輪と同様で、ドライバーなどの工具で押し付ければ、嵌め込むことが可能です。また、装着後でも、ギャップ部の反対側に隙間があるため、隙間にドライバーなどを入れてこじ上げれば、簡単に外すことができます。
プッシュナットは、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用と穴用があります。
軸に嵌める又は穴に入れることで、軸や穴に止め輪の爪部が食い込んで、外れなくなります。溝加工が不要で、自由な位置に固定することができますが、一旦取り付けてしまうと、逆方向(外す方向)には動かなくなってしまうので注意が必要です。後述するCS形止め輪・CR形止め輪や丸形スピードナットに比べて、耐スラスト荷重が大きくなっています。
プッシュナットの取り付けには、主に専用の工具が使われます。ただし、プッシュナットは、強い力で押し込めれば取り付けることができるため、既存の工具を利用したり、簡単な構造の治具などを用意したりすれば、取り付けることも難しくはありません。なお、取り外すときは、止め輪を破壊する必要があるため、再使用はできません。
CS形止め輪・CR形止め輪は、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。CS形止め輪が軸用で、CR形止め輪が穴用です。
プッシュナットに比べて、軸や穴に食い込ませる爪が小さく、軸や穴を傷付けにくくなっています。また、外径も小さいため、耐スラスト荷重は劣ります。
使い方はプッシュナットと同様ですが、取り付けに必要な力は小さくなっています。取り外しも簡単ですが、その分、抜けやすくなります。ただし、プッシュナットと同じく、再使用はできません。
丸形スピードナットは、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。穴用はなく、軸用のみとなります。
軸用プッシュナットの爪の数を減らしたような構造を持った止め輪です。プッシュナットとCS形止め輪の中間的な耐スラスト荷重を示します。
丸形スピードナットは、プッシュナットと同じく、専用の工具などを使って強く押し込むことで取り付けることが可能です。再使用もプッシュナットと同様にできません。
引用元:規格製品 止め輪「スピードナット」大陽ステンレススプリング株式会社
P形スピードナットは、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用のみで、穴用はありません。
押し込むと爪が食い込んで外れなくなる点は、軸用のプッシュナットと同様です。しかし、上図のように、矩形で弓状に湾曲した構造を持ち、止め輪全体がバネのように作用する点がプッシュナットと異なります。
P形スピードナットは、取り付け方法もプッシュナットと同様ですが、保持する部品を常に押さえ込むように固定できる点がプッシュナットと異なります。P形スピードナットは、その湾曲を潰すように保持する部品へ押し込まれると、その状態のまま軸に爪が食い込んで固定されるため、保持部品を押さえ付けた状態で締結することが可能となります。なお、再使用はできません。
引用元:PRODUCTS「TOP HAT PUSHNUTS - PUSH ON FASTENERS」JET PRESS
キャップナットF形は、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用のみがあります。
キャップナットF形は、円筒にツバが付いたような構造を持ち、円筒内部に張り出す爪によって軸に固定されます(上図参照)。円筒形状のキャップは、軸の端面に対する保護や装飾が目的で、端面の損傷や引っ掛け事故などを防止します。また、CS形止め輪と比べて爪が大きく、耐スラスト荷重は、プッシュナットとCS形止め輪の中間です。大きな爪によって、芯ズレも起きにくくなっています。
取り付け方は、プッシュナットなどと同様です。
引用元:PRODUCTS「PUSH ON FASTENERS - SPIDERFIXES - CAPPED」JET PRESS
キャップナットD形は、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用のみがあります。
全体が弓状に湾曲した構造を持ち、バネのような作用を発揮して、保持する部品を押さえ付けた状態で固定できます。このような、P形スピードナットと同じ作用を持つことに加え、軸の端面を保護・装飾する半球状のキャップが付いており、端面が傷付くことなどを防止します。
キャップナットD形の取り付け方は、プッシュナットと同様です。
グリップ形止め輪は、溝加工が不要な偏心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用のみがあります。JISにて規格化されています。
上図のような構造で、内径方向に対する弾力性を持ち、止め輪の内周と軸の外周との摩擦力によって、止め輪及び保持部品を固定します。固定する力や保持部品に対する耐スラスト荷重は、摩擦力に依存するため、軸表面の粗さや硬さなどによって変わります。
グリップ形止め輪を取り付ける際は、主にグリッププライヤーと呼ばれる専用の工具で、止め輪を広げて装着します。ただし、広げすぎると永久変形が起きて摩擦力が弱くなり、耐スラスト荷重が低下します。
同心止め輪は、溝加工が必要な同心型止め輪の一つで、スラスト方向に取り付けるタイプの止め輪です。軸用と穴用が存在し、軸用はJIS規格の「C形軸用同心止め輪」、穴用はJIS規格の「C形穴用同心止め輪」に対応します。
板幅が一定で、ラグ部がないコンパクトな止め輪です(上図参照)。上述したように、装着時に止め輪が楕円形となるため、止め輪の外周と溝の円周に沿った面との接触箇所は3点に限られます。そのため、偏心型止め輪と比べると、固定力が弱くなっています。
同心止め輪の取り付けには、主に専用の工具が用いられます。ただし、小さく軟らかいものは、手で入れたり、マイナスドライバーで外したりといったことも可能です。
止め輪を使用する際には、止め輪と溝が加えられるスラスト荷重に耐えられるか、そして止め輪が溝から外れないかということが重要となります。
例えば、軸用の止め輪は、上図のように保持部品からスラスト荷重を受けます。その際の止め輪の許容スラスト荷重(せん断されないスラスト荷重の限度)は、以下の計算式によって求めることが可能です。
止め輪の許容スラスト荷重
RS:止め輪の許容スラスト荷重(N)
A:止め輪の形状別係数(下図左表参照)
D:軸径(mm)
T:止め輪の板厚(mm)
π:円周率
SS:止め輪のせん断強さ(N/mm2)
S:安全率(下図右表参照)
引用元:止め輪の諸計算(参考)「許容スラスト荷重」株式会社 オチアイ
なお、止め輪のせん断強さ(SS)は材質毎に異なるせん断応力に対する強度で、例を挙げると、炭素鋼の値は約980N/mm2です。
また、軸に付けられた溝も止め輪からのスラスト荷重を受けます。その際の溝の許容スラスト荷重は、以下の計算式から算出することができます。
溝の許容トラスト荷重
G:溝の許容スラスト荷重(N)
B:止め輪の形状別係数(上図左表参照)
D:軸径(mm)
d:溝の深さ(mm)(下図参照)
Y:溝の降伏強さ:(N/mm2)
π:円周率
S:安全率(上図右表参照)
q:n/dから求められる減少係数で、n/d≧3ならば1、n/d=2ならば1、n/d=1ならば4
n:エッジマージン(mm)(下図参照)
ただし、これらの式が成り立つのは、止め輪が溝に隙間なく嵌まり込んでいる場合に限ります。隙間が空いている場合や保持部品の角が鋭角ではない場合などでは、許容スラスト荷重は低下します。なお、保持部品の角が鋭角でないケースでは、下図のように、ワッシャーなどのスペーサーリングを止め輪と保持部品の間に挟むことで、許容スラスト荷重を向上させることが可能です。
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